回りくどい自己承認が生み出す自意識の縛り

「お前ならできる!・・・いいかシモン、自分を信じるな!俺を信じろ!お前を信じる俺を信じろ!!」

「お前が迷ったら俺が必ず殴りに来る。だから安心しろ、お前の傍には俺がいる。お前を信じろ!俺が信じるお前を信じろ!」

「いいか、シモン…忘れんな。お前を信じろ!俺が信じるお前でも無い、お前が信じる俺でも無い、お前が信じる…お前を信じろ!!」

「ゼロ・ハチ・ゼロ・ナナ」という小説を読んだ。
この中に登場するチエミという人物の自己承認のあり方が興味深かった。



彼女は自分で自分を承認することはできない。それでいて、彼女が「すごいと思っている人間の親友であること」「すごいと思っている人に羨ましいと言われたこと」という形で、自分をひとかどの人間であるとみなしている。自分を承認している。



(実際は「親友である」ではなくて「親友であった。承認されていた」であり、そのすごいと思っている人は、今となってはどう思っているかは不明である)



自分の価値を、自分が認めた人からの承認という外部に置いているから、他人からどれだけ直接自分がおかしな人間であるかを指摘されても全く自分を省みることはない

キズつかないわけではない。むしろ脆い自分を直接叩かれるわけだから深く傷つく。その度にありとあらゆる人を恨み、嫌悪する。やさぐれまくりである。それでも受けた傷は「自分を批判する人たちよりもすごいと思っている人間の親友であること」を持って癒されてしまう。彼女は決して自分を改めようとはしない。 むしろ他人から批判される「変わった点」は「昔憧れの人から承認された要素」であり、それが自分の最大の価値であるという思い込みがあるから、絶対にそれを手放すことはできなくなっている。




チエミが自分を改める機会があるとしたら、それは「自分がすごいと思っている人」に誤りを指摘されること、あるいは改めるようにいわれることしかない。*1承認の根拠の在り処を、自分がコントロール可能な領域の外においてあるのだから仕方がない。少なくとも、今「自分がすごいと思っている人」が自分をどう評価するかを確かめないことには何も始まらない。




彼女もそれはよくわかっている。が、あまりにこの「遠回りな自己承認」に依存して生きてきたから、それだけが自分の支えだったから、今更それを手放せない。評価のアップデートを試みる勇気も、自分で自分を客観視してみたり、他者の評価を受け入れる余裕ももはや持ち合わせていない。故に、「すごいと思っている人」の現在と出会うことをこそ、何よりも避ける。 「すごいと思っている人」の承認を誰よりも求めながら、今の自分ではそれが得られないと悲観して、その人を誰よりも嫌ってしまう。



自分で自分を承認できないけれど、他人から昔承認されてしまったから、それがどうしようもなく幸せだったからこそ、その幸せな思い出を覆すことができない。だから今日も明日もあさっても、いつまでも変わることができず、「変わった人」であり続ける。それ以外の生き方が選べない。自分でもおかしいことは自分でもうすうすわかってる。でも、それを曲げるのは怖い。そんなことをするくらいなら死んだほうがマシだ。そうやって、今日もずっと「すごいと思っている人」への愛憎の狭間に囚われている。 今の時代の「眠り姫」ってこういう話かもしれんね。




なんというか、自分の自意識が強いと思う人は、「私の自意識は何で構成されているのか。それはいつから、どういうことがきっかけなのだろうか」という問い直しが必要かもしれんね。それで、その自意識への執着がペシミズムから成り立っているのなら、そこはどんなに辛くても変えていかなくてはいけないのじゃないだろうか。




「ゼロ・ハチ・ゼロ・ナナ」においては、いろんなめぐり合わせの結果、チエミはこの「自意識の縛り」から最後の最後で奇跡的に解き放たれる。 なんだか「彼氏彼女の事情」で有馬くんが開放されるシーンに近いものを感じる感動的なシーンだった。強い自意識に囚われていそうな友人がいる人は是非ご一読頂きたい作品。

「歯ァ食いしばれ!ロシュ!!…目が覚めたか、ロシュ。俺も昔こうやって殴られた。人はみんな間違いを犯す…当たり前だ。
でもな、間違ったら誰かにブン殴られりゃいいんだ。自分で自分を罰する必要なんか無いんだ。
その時はやりなおせない間違いだと思うかもしれない。それでも、あがいてあがいてジタバタすれば少し前に進んでる。
思いっきり殴られて『お前が信じるお前を信じろ』…そう言われた。それはたぶんそういう事なんだ…俺はそう思ってる。
お前は俺には出来ない事をやろうとした…それでいいじゃないか。来い、ロシュ!お前が必要だ。」


自意識過剰な人の自己承認の構造、あるいは自意識過剰な人はなぜ成長できないか、みたいな話です。


(参考URL)
http://www.coacha.com/view/suzuki/20120926.html

*1:本当の解決は自分で自分を見つめ、最初からやり直すことだ。しかしそんなことができるなら最初からこんな状態に陥ったりはしていない。それは最初から不可能である