ブロマガに金を払う価値を感じるのは「筆者にとってのこの丘の向こう」が語られる時

http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2013/03/03/213830

は、裏を返せば「無料ブログとは違って有料ブログには読者に対する責任がある」ということです。少なくとも店長はその意識がある。

ならば、有料ブログで駄目だと思う記事は思う存分批判させてもらいたい。

http://ch.nicovideo.jp/huckleberry/blomaga/ar142976
金払って読んでいる読者として、この文章には金払う価値がないと思います。

この世には、2つの種類の問題がある。一つは「答えが決まっている問題」、もう一つは「答えが決まっていない問題」だ。そして「答えが決まっている問題」を解く能力を「知識」と言い、「答えが決まっていない問題」を解く能力を「知恵」という。日本の教育は、昔から前者の「知識」を育てることばかりに重点が置かれてきた。そうして、「知恵」を育てることはおざなりにされてきた。なぜそうなったか・・・

前半はともかく、後半言ってることはまともだ。でも、まともなだけだ。
 
<言葉だけなら若者ですらわかっているが、若者が実感として掴みきれていない部分>について語ってくれるのかと思ったら、「言葉だけなら若者ですらわかっている」ことを「表面的な言葉で語っただけ」の文章という印象が強い。

こちら部分を掘り下げて語って欲しかった。 それがされているのが店長のブログであり、なんかこちらは一般のお客様向けの無料記事でしかない感じ。岩崎さんの記事でも時々「おお、これは岩崎さんの記事だ」と思うものがあるけれど、この記事にはそういうオーラを全然感じない


「今までの教育」に今の若者の問題を押し付けるのであれば、明らかに足りてない話がある。「戦後から今までの教育がそうだった」のであれば、今までの大人だって働き方を就職の時に考えたりはシなかったことになる。 そこが変わったわけではない。 つまり変わったのは時代だ。 「今は時代が変わった、どう変わったか、ソレに対してどう対応スべきか」 ここが一番大事だし興味がある部分だ。 前半の「一部の若者を指して若者全体にダメ出しする老害チックな語り」よりも、大事なのはそっちだ。そこをどう書くかが文章のキモだ。キモの部分をどう語るかが作者の大事な部分だろう

別に結論自体はありきたりでもいい。でもそこをどう語るかは大事だろう。ありきたりな結論でも読者にどう刺激を与えるか、そこが作家のうでの見せ所だろう。読者に提供する価値だろう?



これについて「昔は良かった、今は・・・」と語り、じつにありきたりな結論を語るのみ。

これから必要となってくるのは、働く前から心の問題についてしっかりと考えておくことと、答えがない問題を解く能力――すなわち「知恵」をしっかり育んでいくことだ。

こんなのでいいのか?いいのか?ほんとうに?
*1



こんな話を読むためにブロマガに金を払っているわけではない。これでは凡百のライフハックと同じである。だれでも言える間違いのないことを言ってるだけだ。 
「ここから先」が読みたいのだ。 「岩崎夏海が考えたさいきょうのきょういく」「岩崎夏海が語るこの丘の向こう」を語って欲しい。もちろん変だと思ったら文句はいう。 それでも、ちゃんと読むよ。文句はいうけど「金払って良かった。ここでしか読めない文章だ」って満足はするよ。 それがどれだけ変だろうが常識はずれでおかしかろうが別に構わない。 

そういうことを言えるキャラづくりをしてきたはずだ。それなのに、なんだこの優等生は、テレビ評論家クオリティは。こんなのが語りたいのなら、ブロマガなんて書かずに勝間さんみたいにテレビコメンテータになって「結局男はAKBが好き」とか本を出せばいいじゃないですか

この文章は、この締めは無料ブログで他の人が書いててもおかしくない。「岩崎夏海が書いてる意味」があんまり感じられない。「年間で1万円払ってる意味」を感じない。 こんな文章、一日一万字書かれようが、金払う気にならないです。



とりあえず、明日このテーマについてもう一歩の掘り下げがあることを期待しています。




調子が悪い時の岩崎さんは、前半の導入部分がクドくて、後半の本論部分が弱いよね。前半削って後半充実させてもらえないでしょうかね。若者についての文章なのに、これ完全に「わかってる人」「若者に対する教育を考える人」向けの文章になってて、「わかってない若者」にはほとんどなんの示唆も与えてくれてないよね。「わかってる人」が、褒めて、宣伝してくれるのを期待して文章書いてるんですか?「わかってない若者」はそのためのダシですか?私に解約しろって言うことですか?


「就職に失敗する若者の典型的な特徴」についての反論

もちろん面白い表現は転がっている。それから自分で考えようとおもえばいろいろ考えられる。

彼らに共通するのは、働くことを、ある種の「こなさなければならないカリキュラム」のように考えている、ということだ。つまり、学校の延長としてとらえている

つまり彼らは、仕事の内容には何の興味もないのである。
(中略)
費用対効果や見栄えばかりか着目され、それに取り組む自分自身の心の問題はすっかりなおざりにされてしまっている。彼らは、自分のことをある種の機械のようにとらえているのだ。

彼らは、自分自身がロボットではないことを自覚していない。どんな仕事でも、意欲がなければパフォーマンスが下がってしまって、計算通りの成果があげられないということを全く予測していない。

ただ、ここでいう「彼ら」とは何者なのか、それがちっとも具体的にイメージ出来ない。

私は自分のまわりにいる「若者」のなかにこういう「彼ら」はほとんどいない。 みんな一生懸命仕事について考えている。余暇や金よりも、まず仕事を中心に社会人になることを考えている。私にとっての「彼ら」はそういう人たちである。
しかし、そういう岩崎さんが言うところの「就職できない若者の特徴」を克服している人たちでも就職できないケースが多い。そうやって妥協していくうちに「余暇」やら「金」などの条件が出てくる。それが私にとっての「彼ら」である。

「就職できない若者の特徴」を持つから就職できないのではない。最初は仕事について積極的に考えているけれど、就職できずに妥協していくうちに、少しずつ「就職できない若者の特徴」が出てきてしまうのだ。 岩崎さんが言ってることは、少なくとも私の中では因果関係が逆である。 就職できてない若者の最後の段階だけ見てわかったような口を聞かれるとイラッとする。 最初から最後まで「彼ら」に寄り添ってきた人がこういうことを言うとは思えない



っていうか、このあたりAKBのプロデュースに関わってたならなぜわからない? 「今の若者だって、夢を持つことが許されてる環境なら、金や余暇なんかよりやりがいを求めて努力できる」って思うはずなんだが?もしドラで熱く語ったマネジメントってそういう話だろ? どんなにやる気がなかったり能力がないように見える子でも、本人の強みを発揮できる場所を見つければいきいきできるって話だろ。そういう話をなぜここで書かない。 なんで通り一遍等の「知恵」とかそういう言葉で終わっちゃうんだ。 もっと本気出せよ。岩崎さんだって腐ってた時期長くて、だからこそマネジメント見た時に感動したんでしょ。ブロマガのオファーを受けた時に元気でたんでしょ。そういう話を書けばいいのに、なんでこんなありきたりの話を。もっと自分の立場から書けることいっぱいあるでしょ。 なんで書かないの?出し惜しみなの?読者なめてんの?


そういう認識があるので、岩崎さんが今回の記事で言ってることは実に薄っぺらく感じる。 この人何もわかってないんじゃないか、と思ってしまう。 はっきり言ってすげえ腹立つ。 岩崎さんが語っているのは、自分が若かった頃の周りの人間を今に置き換えただけの藁人形ではないのか? またいつものはてなクオリティかいい加減にしろハゲ、とか暴言が頭に浮かんでくる。


それもこれも、筆者が自分なりに取り組んだ事ではなく、机上で考えたことを、「今までの学校教育を貶す」という結論重視で適当に書いてるからじゃないのだろうか。全然掘り下げて考えました感がないし、無責任な感じだ。 こんな文章が読みたいわけではない。こんな文章が読みたいわけではない。

*1:追記。この部分は桜井章一さんからの表現をそのまま借りてきてるそうです。ますますふざけた話だと思いました。どんだけ素晴らしい表現だろうが、自分でとりあげた問題点について、人の表現借りてそれを結論として頭にかぶせて終わりとか・・・何のために文章書いてるのかわからない