いじめをやるような人間のために死ぬほど、バカバカしいことはない

現在ネットではいじめの話が過熱しています。そこで今日から4回に分けて、いじめに関する青二才の言葉をまとめていきます。青二才自身、「自分はいじめられっ子でなかった時期のほうが少ない」とのことですが、そんな彼が自分の体験から、世のいじめられっ子に対してどのようなアドバイス(のような感じの自分語り)をするのでしょうか



2012-02-22

私はこれだけワタミに落ち度があっても、労災で亡くなった女性に対して素直に「かわいそう」だと思えない。理由は死ぬ前に逃げることも戦うこともしなかったから。それが死ぬよりも苦痛なことかね?本当に生き抜く気があれば、罵られてでも逃亡する事・ルールを踏み外すことを考えられたのでは?

仕事から逃げたり、戦ったりして、その後に「再就職ができずに」「罵られる日々が辛く」などで死ぬならわかるが、そこまで生き抜いた人間とはとても言えない。僕は「ワタミも悪いけど、彼女の手記にある「助けてください」も違う」と思う。

人の上に立つ人ほど現実は支配欲に満ちたナルシストや痛みを理解しょうとしない(できない)自分だけが楽しい人だ。そこを頭にいれておかないと「助けて」と言ってるのに、殺されてしまう。「自分の死を悼むどころか、利用しようと嘘を吐く人間のために死ぬほど、バカバカしいことはない」

私は自殺した女性を叩く気も、ワタミを擁護する気もない。だが、現状の「逃げる勇気・決まりを破る勇気」について誰も語らないことに疑問符を感じる。だからこそ、「半可通だ」というご批判があっても記事を変えることはいたしません。

だれも語らない・・・だと?こいついったいどこの世界線に生きてるんだ?





上の言葉だけだとマッチョっぽく聞こえるかもしれないけれど、
一応彼のフォローをしておくと本論はここの部分だとおもいます。

自分がそれのために死ぬことを喜びにできる・誰に何と言われようと満足できるモノ以外で死んじゃいけない。この事件でそれを多くの人に知って欲しい。「どう死ぬか」が人の真価だよ。生きてるときの評価なんか無責任だ。自分の満足できる死に方、安心できる死に方ができない人間には価値がないよ

理想論であり、今苦しんでいる人には厳しすぎて役に立たないでしょうが、ちょっと軽くして「神は言っている、ここで死ぬ定めではないと」という言葉を辛い時に3回繰り返し唱える、みたいな感じでアレンジしていきましょう。




生きるために何を諦めるか、何を諦めてはいけないかについて語られてる本です