時は来た!

http://ch.nicovideo.jp/article/ar10622

今、モノが売れない。売れないと言うよりも、これまでのやり方が通用しない。大きな潮目の変化、時代の変わり目に来ていることを実感する。そういう変わり目に大きく売れたモノのことを考えると、これからの時代の潮目というものが見えてくるのではないだろうか? これからどうすれば人々が快適に生きていけるか、そのヒントをつかめるのではないか? そうしたコンセプトから、ここでは、「『もしドラ』はなぜ売れたのか」ということをテーマにし、これを多角的に検証していきたい

そんなわけで、今日から始まりましたブロマガ連載。事前の感触では1年ほど(50回)ほど続く予定です。昔、「自虐の詩」というマンガがあって、4コママンガながら長編の連続モノにもなっていて、そういうスタイルでできたらと思っています。つまり、1回1回は短く短編としても読めるけれども、全部合わせると連続モノの長編になっている、そういうスタイルを目指します。

前々からそういう期待を持って眺めていましたが、いよいよ岩崎夏海さんが第二の青木雄二となる時がやって参りました。


青木雄二さんは40歳を過ぎて経営していた会社が倒産する憂き目にあいましたが、そこから「罪と罰」と「資本論」を読み解いてそこに普遍性をもつテーマを見出し、さらに自分の人生経験とミックスさせて伝道するという人生戦略で大逆転・大成功を収めました。池上彰さんや勝間和代さんの先駆けですね。しかも彼の場合「ゼニを通じて世のからくりを探る、人間の欲望をえぐりだす」という哲学を十分に教えこんだ弟子(?)らによって彼の死後も「ナニワ金融道」ブランドはプロダクションや「カバチタレ」「極悪がんぼ」といった形で引き継がれています。死後も世に影響を与え続けているんですね。

私には岩崎さんの今の方向性は彼とかぶって見えます。成功者のパターンとして「己の哲学・魂」を引き継ぎ、後世において認められたいという欲望がアルのではないでしょうか。なんか岩崎さんが最近やたらと仏教的なものへの興味を匂わせているのも、なにか永続するものや、時代を超越するものと自分を結び付けたいということなのでしょうか。よくわかりませんが


もちろんこれだけでも十分おもしろいのですが、ずっと同じパターンだとつまらない。彼がどこまで青木雄二の後追いをしていくのか、またどの時点からそれを超越していくのか。個人的にはとても興味深くなってまいりました。



ちなみにこの連載の内容は、将来単行本化されることが容易に想像されますね。私は彼がこのテーマで語る内容が「リアルタイムで読めることに価値がある情報」だとは全く思えないため、この話だけが延々と続くのであれば、解約することになるでしょう。そこを見切って週一連載としているのは実にお上手だと思います。 これからも残り4日のコンテンツが充実している限りついていくつもりです。




追記。togette自粛中なのでこちらにまとめ

講演に行くと一番多い質問が「『もしドラ』はなぜ売れたのか?」ってもの。リサーチするまでもなく、多くの人がそれに興味を持っているのは分かった。逆に言えば、みんななかなかそれを腑に落ちる形では理解できていないのだろう。だから質問してくる。2ちゃんねるAmazonでは、「表紙で売れた」「電通ステマで売った」で終わってしまっている。でも、ぼくに質問してくる人は、もちろんそんな理由ではないことは知っている。だから、もっと他に理由があるだろうと思っている。で、結局ぼくもそれに答える過程で、色々考えることになった。そうすると、本を出す前に考えていたこともあったけれど、出した後に分かったこともあった。ぼくは作者という立場なので、特権的に色々な情報が集約される場所にいた。なので、そこから見えてくる景色、そこでの分析ができた。これは、もしかしたら「もしドラ」を書いたことによって得ることのできた最大の財産かもしれない。本が売れるというのはどういうことかというのを、3年間にわたって分析し続けられる立場というのはあまりない。あるいは、売れるということはどういう現象かというのをつぶさに、間近で見られた。いつからか、これは本として書くべきテーマなのではないか、という思いがふつふつと湧きあがってきた。これだけ素材(情報)がぐつぐつと煮えたぎっている状態なのだから、これは調理(分析)して料理(本)として出すべきではないかと。というところで、ブロマガを書き始めていた。だからいっそ、ここで連載してみてはどうか。毎日の記事の中に、そういうのが差し挟まっているとアクセントになるし、連作コラムという形式にもトライしてみたかった。そんなわけで、今日から始まりました