「自分らしいやり方・スタイル」を主張するのは基礎レベルを超えてから
「レベルの低い人ほど、努力もしないで自分のやり方にこだわる」みたいな事をドラゴン桜で言ってたような気がする。
別に主張する権利自体ないとは言わない。けど、説得力はないし、なにより自分のためにならないよ、とは思う。自分と同じような人は集まってくるかもしれないけれど、その集まりは傷の舐め合いにしかならないと思う。それは必ずしも悪いわけじゃないだろうけれど、それだけでもいけないのではないか。
以下は塾の思い出だけれど、あまりまとまってないです。とりあえず問題意識を並べてみたのが今回の記事なので、おいおい別の記事で整理していきたいです。
塾で勉強を教えていたときの話だけど、本人は頑張ってるつもりなのに全然成績が上がらない子というのがいて、これには大体共通する特徴があった。もちろん例外はたくさんいるけれども。
成績が上がらない子は
1:勉強のやり方があまりよくないのに、自分のやり方にこだわる
2:努力量が足りないのに、努力が足りていると思っている
ことが多い。
塾にいく目的ってなんだろう
ちょっと前提が必要だと思うので塾の話をする。
私が務めていた塾は、S台やK合みたいにデカイところではなかったし、言い方は悪いけれどそれほど優秀な生徒ばかりではなかった。 だから質の高い授業を与えて後は生徒次第、「勉強できない奴は放置しておけばいい」という扱いではうまくいかない。 だから一人ひとり、勉強のやり方からスケジュール作成まで、個別に細かく指導をしていた。
教える側としては、「成績を上げる」のが仕事だから生徒には成績が上がってきた人のやり方を指導することになる。もちろん生徒の能力や事情などには合わせて指導方針やカリキュラムは組むけれど、それでもある程度の型はある。そのほうが生徒の成績が上がると思ってあれこれと指導はする。
だから「自分だけでは勉強の仕方がわからない」「ただ講師から教わるだけでは十分に成績が上がらない」子が多く来ていた。大体の子は「自分だけではダメだ」というのを自分で理解しているから、こちらの指導を素直に受け入れる。そもそも何のためにこの塾に来ているかは最初に説明もするから、納得している子が多い。
実際、そうやって勉強のコツを掴んで東大や京大に行った生徒もわずかながらいるし、当初自分ができると思っていたところより上の志望校に入った生徒ならたくさんいる。 このあたり、頑張ったのはあくまで生徒なのだけれど、指導している側としても結構感動するところだ。
自分のやり方ではどうにもならないのに自分のやり方にこだわる人
しかし、10人に1人くらいの割合で、自分の思い通りでないことを押し付けられると、ほぼ条件反射的に反発する子がいる。
こういう子は基礎レベルすら身についていないのに
こちら側がまず基礎を身につけようといってもやらない。
「自分はこういうやり方のほうができるから」
「自分はこういうところに興味があるので」
「自分はここは自分でやるから」
「自分は、自分は・・・」
という言い方をする。
こういう子は、割りとかまってちゃんが多くて、
自分が塾に来てるときはしきりに
「自分はこんなに勉強してますよ」アピールをやってくる。
登校日数や登校時間だけ見たらものすごく頑張っているのだけれど
実際は
「基礎もできてないのに応用問題に挑戦しては
1問1問にものすごく時間をかけ、
結局途中までしかできなくて答えを見てなんとかしたのに
その復習をやっていない」
だとか
「そもそも登校して何をやっているかといえば
ダラダラと友達としゃべったり寝ている時間が多く、
他の人が同じ時間で3問解いている間に1問しか解いていない
その1問についても上のようなていたらく」
だとか
「日本語の文法それ自体が心もとないのに
文章を書くのが好きで毎日ブログを書いてるから
自分には文章力があると思い込んでいるが、
実際はまともに文章読めないし、書くこともトンチンカン」
だとか、あ、ゴメン。最後のはちょっと違った。
成績が上がらないのはちゃんとわけがある
つまり、非常に効率の悪いやり方で勉強しており、かつ、勉強時間自体も本人が思っているよりずっと少ないのである。これで他の生徒と同じように成績が上がったら逆にこちらが驚く。
こういう生徒は「自分の思った通りにやれば本当に成績が上がるのか?」という考えがあんまりない。 「自分の思ったやり方で、○時間頑張ってる俺格好いい」みたいなことを面談の時も平気で言う。成績が大事なのではなくて、達成感みたいなものが欲しいのだ。 「自分らしさ」みたいなものにこだわっているのだろうか。
もちろん自分の思ったとおりにやろうとすると、「勉強のやり方自体を考えられるほどに頭の良い子」以外は成績は殆ど上がらない。そして、「成績があがる勉強のやり方を自分で作り上げることができる子」は、基本的に「成績を上げるため」には塾を必要としない。つまり、塾に来ているという時点で、何かしらプロとか先輩とかの知恵や、外部的なチェックを用いたほうが良い場合が多い。
「自分らしく」にこだわる生徒のほとんどは自分にはそれができないのだということがわからない。「自分らしさ」にこだわるだけで「成績を上げるためにはどうすれば」を考えないし、考えることができないからだ。自分はそういう意味での「デキる子」ではないということがわかっていない。さらにいえば、別にそういう意味での「デキル子でなくても、勉強というのは決まったやり方で時間をしっかりかけてやれば誰でもちゃんと伸ばせる」ものだということが、どうしてもわからない。
こちらがいくら頑張って話をしても、伝わらない生徒というのがいるのだ。もちろん私たちの能力不足でもあるのだが、こういう生徒を見ていると無力感だのもどかしさだのが絡まったフクザツな気分になる。
他人のアドバイスを判断し、指導を本気で受け入れられるかどうかは死活問題だと思う
こういう生徒はよく「先生は自分のことをわかっていない」という言い方をしてこちらを詰る。
①そうじゃないんだよ、君の個性の良し悪しの話じゃなくて、勉強の話をしてるんだよ、というけどそこがうまく切り離しできる生徒ならそもそも話はこじれない。うまくいかない。
②たくさんの生徒を見て、話を聞いているから、いろんな例や比較から君のことを君以上に理解できる面もあるんだよ、ということも伝えたいけどこれなんかますます伝わるわけがない。
③「親には自分の話を聞いてもらえさえせずに叱られたり押さえつけられてきた」みたいな経験してることも多く、「自分らしさ」を受け入れてもらえないだけで目の前が真っ暗になったように感じてしまう生徒もいて、こういう生徒はこちらに媚びて自分の自由を確保しようとする様子が痛々しい。仕事でなければ受け入れてあげたいと思うけれどそれはできない。わかっているからこそ、厳しくするひつようがあるのだけれど、それは伝わらない。*2
④ちなみに、こちらへの不信感が高まって、自分が思ったとおりに勉強できないことをこちらの嫌がらせだと感じたり、成績が上がらなくて志望校のランクを落とし始めた頃から、まじめに勉強しないどころか教室運営の妨害を始めることがある。
こういう言い方はどうかと思うけど、こういう生徒の言い分は「不幸になる考え方」だと思う。こういう子をどげんかせんといかん、みたいな気持は昔からあって、どう考えても余計なお世話だし、先に自分どうにかしろって思うんだけれどなかなかうまくいかない。
私自身上の①と②に当てはまってる気がするので、誰か叱って自分を導いてくれる人が身近にいて欲しいと思う。 私は友達も欲しいけど、ソレ以上に尊敬できる指導者を求めている気がする。