ネットで妄言を吐くなら、せめてそれは宛先のない虚空に向けて放つべき

せ め て エ ア リ プ に し ろ。


そうすれば、吐いた妄言はしばらくたってから自分に返ってくるだけで済む。
誰も傷つかない、バカな自分以外は。誰も困らない。バカな自分以外は。
場合によっては通りすがった人がそれを見て笑ってくれるかもしれない。

現実にいる人を傷つけたり、
現実に関してデマとして機能する発言をしないなら何を言っても自由だ。
誰だってそーする。俺だってそーする。というかこの記事はそういう趣旨。

ブログやtwitterがなければ2ちゃんかmixiネトウヨ活動してたことが
想像に難くないちょっと頭の足りていない人が、
それなりに親和欲求や自己愛を満足させることに成功し
結果として反社会活動にのめり込まずむしろ律儀に働いて納税しているという、
かなりベターな結果をもっと肯定的に捉えるべきかもしれない。

引いた視点で考えれば、ブログ程度で喚いているのは可愛いものなのだろう。
だれかさんは自分が見た中で最大級のバカだとは思うけれど
危険性はなく無害だと考えると法っておいてもよいだろうとも思う。

かつては若者の日常の不満の解消が風俗とか麻薬とか
あるいは社会に物理的に迷惑をかける活動だったりしたことを考えると
いまの方がずっと平和的であると考えられなくもない。
まぁ、お手軽すぎて簡単にのめり込んで、そこから脱出するのが
難しそうだという新しい問題もあるのだけれど。

攻殻機動隊2期、2話のエピソードで言うならば、
ほんとうに警戒すべきは、ただ脳内では延々とたくましい妄想をたくましくしながらも
(脳内とtwitterの区別がつかなくなるケースもあるようだが)
実行するだけの勇気などかけらもないただのヘタレではなく、
日常においては完全に社会に適応するだけの知能を持ちながら
いざというときには実際に爆弾テロを起こす側の人間だと思われる。

マクー空間から外に出る気のない怪人「ギャバンコノヤロー!戦いたかったら引きずり込まれてみろ!」 ギャバン「アイツうるさいだけで悪事働いてないし別に倒さなくてもいいか…」

・「○○について読め。そこだけで議論しろよ!議論ができない奴は××だ!」「えー……別に内容が論点じゃなくて、そもそものスタンスがアレなのに……」という現象にもネーミングが必要

そのように考えるべきかもしれない。
「RRの次元に属する何か」と戦うのは平和的で良いことなのだ、と。



特に7年後の自分とか22年後の自分とかと戦うのはとても良いことだと思う。
普通の人はそれに負けた時のダメージを考えてなかなか挑まない。
その難しい敵に対して果敢と立ち向かう勇気ある姿勢は、尊敬にすら値する。 

ただ1つだけ問題がある。
自分が戦おうとする「7年後の自分」がRRだった場合は・・・

「RRはRRであると見抜ける人でないと難しい。」
「どうすればいいんだ」
お前がいま感じている感情は精神的疾患の一種だ
 しずめる方法は俺が知っている。俺に任せろ」