「はてなブックマーク脳」の恐怖

「ハックルさんメルマガ大繁盛みたいだけど何故これがはてな時代に達成されなかったのか」という質問から始まる岩崎さんのブクマ語り。


今、ネットの常識を覆すような事態が進行しつつある。ブックマークが付いてバズることが、コンテンツの価値を下落させるということが証明されつつあるのだ。


はてなブックマークには、反論がしにくいという独特のアーキテクチャがある。その分、ブクマコメントを書くことの敷居は下がるので、バズりやすいという特徴を持つ。しかし同時に、批判コメントが集まりやすいという特徴もあるので、書き手は自然と、それを意識せざるを得なくなる。すると結局、価値の低い記事を書いて、炎上芸人として楽しむことを志向するようになるのだ。これは芸人としては楽しいけれども、その楽しさは花火のようなもので、後には何も残らず、ただ虚しさだけが残る。そういう刹那的な炎上花火しか打ち上がらないことが、ネットコンテンツそのものの価値を下落せしめていた。



しかるに、ネットコンテンツの価値を高めるには一つしかない。はてなブックマークをブロックすることだ。このシンプルながらもこれまでの常識を覆す事実に、まだ多くの人が気づいていない。しかし、その萌芽は徐々に芽生えつつある。はてなブックマークがつかないアーキテクチャを持ったサイトが、ネット上での価値を高め始めているのだ。

そもそも炎上以前にバズることが誰かを幸せにしたことはほとんどない。それは、炎上案件に薪をくべる個々のブックマーカーにしてからがそうだ。彼はちっさな呪詛を吐いてストレスを解消しているつもりだけれども、確実にそれ以上のものを失っている。失っているのは時間であったり、負けん気であったり、向上心であったり、世の中を肯定的に捉える眼差しであったり、人生を良くしていこうとするガッツだったりする。ネットで呪詛を吐けば吐くほど、彼らの清廉な魂が汚されていっている。それではてな株式会社だけが小さく肥え太っている。彼らはネット民のちっさな呪詛をせっせと集めてエネルギーに変え、インチキな商売で糊口をしのいでいるのだ。その無駄に高いSEO技術を活かし、Googleのおこぼれに預かりながら今日もいたいけなネット民を騙し続けている。




ぼくがブロマガで書いているブログは、はてなブックマークがほとんどつかない。たまにかわんごさんがツイッターと連動してつけてくれているくらいだ。しかし、はてな時代にはなかった、書いたことに対する報酬を金銭で頂けるようになった。また、おかげさまで読者の方からも感謝の声を多数頂いている。お金を払って頂きながらなお、彼らは感謝の念を抱いてくださるのだ。これは、ただで読みながらなおぼくのブログを憎んだはてな民とは圧倒的な差異がある。




ぼくの取り組みが成功してしまったら、「バズることは最早害悪である」という考え方は一気に広まるだろう。コペルニクス的転回が起こるに違いない。だからいま、ぼくはその舵取りを担わされている。ぼくのブロマガがなぜかネットの方向性を占う試金石となっていいるのだ。無料でブログ記事を書くことは書く人も読む人も幸せにしない。ただはてな民だけが黄金を設けるというあまりにも非建設的な作業だ。しかし、有料でブログ記事を書くことは、作者も読者もプラットフォーム事業者も、三方を幸せにする。これが本当のエコシステムだ。





ぼくがはてなブログを閉じた時に感じていた予感は、おそらくこのことだったのだ。その時は自分でも分かっていなかった。でも予感だけはあった。その予感が、いま、少しずつではあるkれども、徐々に姿を露わしつつある。「バズることは誰も幸せにしない」。もうぼくのブログにはブックマークが付かない。それでぼくも、ぼくのブロマガの読者も、そしてドワンゴも幸せになっている。さらに、ブックマーカーさえ幸せになっている。もうぼくを憎まなくても良いし、ブクマコメに呪詛を吐いて自分自身を傷つけなくても済むからだ。ただ、はてな株式会社が得られるはずだったGoogleアドセンス様からのこぼれだけが失われてしまった恰好だ。しかし、そんなものは失われた方がよっぽど世の中のためだ。


これについてわたしのどうでもいい感想は、長くなったので別の場所に書きました
http://h.hatena.ne.jp/TM2502/299905830913229901

現時点では、こういう記事がブロマガとして投稿されていないのが本当に救いだけれど、こういうのがブロマガ記事としてあがってくるようだとツライのでなんとか踏ん張って欲しい。